Monthly Archive for 9月, 2009

紅葉の始まり

55-200VR F11

55-200mm

紅葉の一番乗りは桜(エゾヤマザクラ)ですな。ぶっちぎりで赤くなり、さっさと落ちてしまう。
他の木々はまだ緑や黄色の中でひときわ目立って全力投球する己の魅せ方はさすが桜だよなと関心する。

辛い時代

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不景気だなぁ・・とか常日頃考えてると俺の場合、写真に出てくる気がする。
連休も何処へ行くわけでもなくPCでフィード追ってたりしてると新総理の行動とか発言が目に入ってくるわけだけれど、見てると絶望感がこみ上げてきて滅入るw。
気晴らしにフラリとカメラもって出かけてみても、どうにも悲観的な被写体ばっかり目がいって・・。
都会なら、きらびやかなビルとか笑顔の若者とかがいっぱいいて、たとえ不景気であろうともそれを吹き飛ばしてしまうパワーみたいなものがあるけれど、田舎は不景気が街並みに現れ、そして人の顔に表れる。

自営業の俺にとって辛い時代に突入したようだ。

自分の死を考えてみる

40歳を過ぎると身内や知り合いが亡くなったり入院してもうダメだとかいう話を頻繁に聞くようになってきて、その家族(遺族)内では亡くなった時のことを考え多少なりとも準備をすすめているらしくバタバタと落ち着かない状況になってきている。

そんな中で自分が死んだらどうするのか・・どうしてほしいかを考えて見た。
おれ自信、信仰心っていうものは持ち合わせていないし天国も地獄もなくて死ぬ時はプツッと電源が切れたように目の前が暗くなって終わりなんだろうと思っているので俺には大々的な葬儀は必要ないと思っている。
葬儀を行っても俺は社会貢献したわけでもなし、リッパな肩書きがあるでなしで人徳がないので葬儀に出席してくれる人も少ないだろう、後から「少なかった」と言われるくらいなら、最初からやらないほうが良いと思う。
とっとと焼いて涙の一つでも流してくれれば満足。

遺骨も可能ならば、住んでいる町の見晴らしの良い丘とか海にでも散布して残さないように、そして墓もいらない、位牌だけ妻か息子が持っていてくれればそれで良い。

おそらく先に死んでいくだろう我ら夫婦の一人息子は脳に障害をもっているので墓やら骨やらは管理はできないだろうし、残しておくとストレスになるだろう。イヤでも一人で生きていかなければならない彼にとっては親の墓よりも自分が生きていくことに精一杯だろうし、それで良い。

そのうち妻にも話しておこうと思う、おそらく彼女も同じ考えだろう。

スランプかしらw

55mm-200mm f5.6 

俺は何を撮りたいのだろうと考えることがある、今までそんなこと考えたことはなかったし考える必要もないと思っている。
ただ一眼を構えたい、ファインダーから見える景色が好き、ピントを合わせる作業が好き、シャッターを押したい。
目に写った物や風景や人が直感的にピピッと感じて一連の作業をすすめる。それが楽しいしそれで良かった。

55mm-200mmf5.6

しかし、いつのまにか良い写真を撮りたいと気持ちが強くなり被写体を選ぶようになってしまい、撮りたい気持ちと被写体がないという現実がぶつかってどうも欲求不満ぎみで動きが取れない感じです。
ここはひとつ散財でもすれば立ち直ることができるんだがww